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坂東彌十郎の家系図や家族(妻・子供)|wiki経歴・学歴【あさイチ】

歌舞伎
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NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』での北条時政役をきっかけに、一気に知名度を高めた歌舞伎役者・坂東彌十郎(ばんどうやじゅうろう)さん。

2026年には連続テレビ小説『風、薫る』にも初出演し、いま最も注目されている歌舞伎役者のひとりです。

この記事では、大和屋・守田家に連なる家系図から、妻や息子との家族関係、初舞台からブレイクまでの経歴と学歴、そして直近の「あさイチ」出演情報まで、坂東彌十郎さんの素顔にじっくり迫っていきます。

ということで今回はこちらについてまとめてみました。

  • 坂東彌十郎の家系図
  • 坂東彌十郎の家族(妻・子供)
  • 坂東彌十郎のwiki経歴・学歴
  • 坂東彌十郎の【あさイチ】出演

坂東彌十郎さんにご興味のある方は是非最後までご覧ください。

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坂東彌十郎の家系図

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坂東彌十郎(ばんどうやじゅうろう)さんの家系図を一言でいうなら、「血の家系」と「名跡の家系」が二重に重なった、歌舞伎界ならではの珍しいケースだといえます。

祖父は十三代目守田勘彌、父は銀幕スターとしても名を馳せた初代坂東好太郎。

ここまでは分かりやすい血縁関係が続くのですが、同じ大和屋の屋号を名乗る坂東玉三郎さんとなると話は別で、実は血の繋がりが一切ありません。

歌舞伎の世界にはこうした「近いようで遠い」関係が意外と多く、この構造こそ彌十郎さんの家系図を語るうえで欠かせないポイントだと感じています。

血で繋がる守田家の系譜

まず彌十郎さんご自身の血縁関係を整理すると、祖父・十三代目守田勘彌、父・初代坂東好太郎、兄・二代目坂東吉彌、そしてご自身、さらに長男の坂東新悟さんへと続く、実にシンプルな一本の線になっています。

好太郎さんは十三代目の実子であり、歌舞伎役者でありながら戦前戦後は映画スターとしても活躍した、いわば二刀流の役者でした。

彌十郎さんはその三男にあたります。個人的に「親の背中を見て育つ」という言葉がしっくりくる家系だなと感じるのですが、実際に息子の新悟さんとは自主公演「やごの会」を続けており、芸を受け渡していく様子がそのまま親子関係として見えてくるのも、この家系図を眺めていて面白いところです。

祖父から父、彌十郎さん、新悟さんまで、代々名前は変わっても、舞台に懸ける芯の部分がぶれずに受け継がれている印象を受けます。

血縁だけを辿ると意外とすっきりしていて、歌舞伎の家系図にありがちな複雑さは少ないほうだと感じました。

坂東玉三郎とは血の繋がりがない養子関係

一方で、同じ大和屋の名跡を持つ坂東玉三郎さんとの関係は、血縁ではなく養子縁組を通じたつながりです。

整理すると、祖父・十三代目守田勘彌には実子の好太郎さんとは別に甥にあたる人物がおり、この人物がのちに十三代目の養子となって十四代目守田勘彌を襲名しました。

玉三郎さんは、この十四代目のさらに芸養子にあたります。

つまり彌十郎さんから見ると、玉三郎さんは「祖父の養子の、そのまた養子」という位置づけになり、家系図上ではいとこのように語られることもありますが、生物学的なつながりは一切ありません。

歌舞伎の世界では、血のつながりよりも、誰から芸を学び、どの名跡と屋号を受け継いだかのほうが家系を語るうえで重視される場面が多く、この二人の関係はその典型例だと思います。

「坂東」という姓が同じだから当然きょうだいか親戚だろう、と早合点してしまうのは、歌舞伎ファンなら一度はやってしまう「あるある」ではないでしょうか。

私自身も最初に調べたときは同じ勘違いをしていて、養子の系譜を一つひとつ辿ってようやく腑に落ちた記憶があります。

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坂東彌十郎の家系図まとめ

坂東彌十郎さんの家系図は、十三代目守田勘彌から好太郎さん、彌十郎さん、新悟さんへと続く血縁の一本道と、玉三郎さんのような養子縁組を通じた芸の継承という、二つの流れが交差する系譜になっています。

姓や屋号だけを見ると混同しやすいですが、血の家系と名跡の家系は別物だと知っておくと、歌舞伎役者の家系図がぐっと読み解きやすくなるはずです。

注目される歌舞伎役者について下記の記事にまとめました。

坂東彌十郎の家族(妻・子供)

坂東彌十郎さんは妻と子ども二人の4人家族。

その家族を一言で表すなら、表舞台に立つ夫と息子を、裏方から静かに支え続けてきた家族だといえます。

妻の容子さんは元客室乗務員で、彌十郎さんとの結婚後は歌舞伎役者の妻として一家を支えてきた方です。

長男の坂東新悟さんは女形として舞台に立ち、今では親子で公演を行うまでになりました。

夫婦二人三脚から始まった家族が、今は三世代の芸につながっているところに、この家族の一番の見どころがあると感じています。

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妻・容子さんとの結婚

妻の容子さんとの出会いは、知人が開いたパーティーだったと伝えられています。

会場の隅で退屈そうにしていた容子さんに、彌十郎さんのほうから声をかけたのがきっかけだったそうです。

当時はまだ人気役者と呼べる立場ではなく、修業の途中だった彌十郎さんを、容子さんは長く支え続けてきました。

師匠のもとを離れて独立するという、役者にとって大きな決断を下した際にも、そばで覚悟を見せていたと語られています。

表舞台に出ることのない存在ですが、彌十郎さんが安定して芸に打ち込めた背景には、容子さんの存在が大きかったのだろうと想像します。

役者の家族というと華やかな面ばかり目立ちますが、実際には裏でこうした支えがあってこそ舞台が成り立つのだと、改めて感じさせられるエピソードです。

息子・坂東新悟との歌舞伎人生

長男の坂東新悟さんは、1990年生まれの女形として活躍する歌舞伎役者です。

1995年に歌舞伎座で初舞台を踏み、以降は着実に芸を磨いてきました。

彌十郎さんと新悟さんは、自主公演「やごの会」を通じてヨーロッパ公演を行うなど、親子で舞台を作り上げる関係を築いています。

息子と一緒に海外公演を成功させるというのは、なかなかできることではありません。

長い下積みを見てきた父親だからこそ、共演のたびに感慨もひとしおなのではないかと感じます。

また、彌十郎さんには娘さんもいるとされていますが、一般の方として生活されているため、本記事では詳しい情報には触れずにおきます。

現在注目、話題の若手歌舞伎役者について下記の記事にまとめました。

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坂東彌十郎の家族

坂東彌十郎さんの家族は、妻の容子さんが長年支えてきた夫婦の歴史と、息子の新悟さんへと受け継がれていく芸の歴史が重なり合った、温かみのある構成になっています。

華やかな舞台の裏に、こうした家族の積み重ねがあることを知ると、彌十郎さんの舞台姿もまた違って見えてくるはずです。

坂東彌十郎のwiki経歴・学歴

項目内容
氏名坂東彌十郎(ばんどう やじゅうろう)
本名本間寿男(ほんま ひさお)
生年月日1956年5月10日
年齢70歳(2026年8月時点)
出身地東京都
血液型O型
身長183cm
屋号大和屋
定紋・替紋三ツ大/花勝見
所属松竹エンタテインメント(業務提携)
初舞台1973年5月 歌舞伎座『奴道成寺』所化観念坊
配偶者あり(容子さん)
子供長男・坂東新悟、長女
俳号酔寿(すいす)
主な受賞1998年 眞山青果賞奨励賞
主な出演ドラマ鎌倉殿の13人/クロサギ/VIVANT/グレイトギフト/VRおじさんの初恋/霊験お初〜震える岩〜/風、薫る

坂東彌十郎さんは、二人の師匠を若くして相次いで亡くしながらも歌舞伎の道を貫き通し、還暦を過ぎてからテレビ・映画の世界でも大ブレイクを果たした役者だといえます。

1973年の初舞台から半世紀以上、地道に舞台を勤めてきた蓄積が、2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』を機に一気に開花しました。

学歴も含めて振り返ると、決して平坦ではない道のりだったことが見えてきます。

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坂東彌十郎の経歴(下積み時代)

坂東彌十郎さんは、初代坂東好太郎さんの三男として東京に生まれました。

幼少期から背が高く、「サンマ」というあだ名で呼ばれていたそうです。

父・好太郎さんが伯父の八世坂東三津五郎さんや十四世守田勘彌さんに稽古をつけてもらう際、テープ係として同行していたというエピソードからも、幼いころから歌舞伎が身近にあったことがうかがえます。

1973年5月、歌舞伎座『奴道成寺』の所化観念坊で坂東弥十郎を名乗り初舞台を踏みましたが、1975年1月に師匠の八世三津五郎さんが急死し、移った先の十四世守田勘彌さんもわずか2か月後に急逝するという、後ろ盾を立て続けに失う厳しい時期を経験しています。

役がつかなくなり実家に戻っていた時期もあったそうで、この下積み時代の長さを知ると、後年の活躍がより重みを持って見えてきます。

坂東彌十郎のブレイクと数々のドラマ出演

その後、父・好太郎さんの計らいで三代目市川猿之助さんの門下に入り、1978年には『五大力恋緘』の男芸者や『人情噺文七元結』の鳶の頭で名題に昇進しました。

以降は猿之助一座で立役から敵役、老け役まで幅広くこなし、1998年には眞山青果賞奨励賞を受賞するなど、着実に評価を積み重ねていきます。

転機が訪れたのは2019年、歌舞伎『月光露針路日本 風雲児たち』に出演した際、演出・脚本を手掛けていた三谷幸喜さんに声をかけられたことでした。

これが2022年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』での北条時政役につながり、一躍知名度が上がります。

その後は『クロサギ』『VIVANT』シリーズ、『グレイトギフト』『VRおじさんの初恋』『霊験お初〜震える岩〜』、さらに2026年には連続テレビ小説『風、薫る』にも初出演するなど、時代劇・現代劇を問わず数多くのドラマに引っ張りだこの状態が続いています。

50代までは映像作品への出演が多くなかったことを思うと、この変わりようにはこちらまで胸が熱くなります。

『VIVANT』シリーズの出演俳優について下記の記事にまとめました。

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坂東彌十郎の学歴

坂東彌十郎さんの学歴は千代田区立麹町小~暁星中~暁星高。

大学へは進学せず、高校卒業後は役者一本の道を歩みました。

暁星学園は歌舞伎役者の子息が多く通うことで知られる学校で、中村吉右衛門さんや市川猿之助さんなど、名だたる役者を輩出しています。

役者の家に生まれながら難関の中高一貫校で学んだという経歴は、舞台上の芯の強さにもどこかつながっているように感じます。

坂東彌十郎さんのwiki的な経歴を振り返ると、若くして師匠を二人も失うという厳しい出発点から、暁星での学生時代、猿之助一座での下積みを経て、大河ドラマでのブレイクへとつながる長い道のりが見えてきます。

50年を超えるキャリアの重みがあるからこそ、今のドラマでの活躍がより説得力を持って伝わってくるのだと思います。

坂東彌十郎の【あさイチ】出演

坂東彌十郎さんが、2026年8月28日放送のNHK「あさイチ」に「プレミアムトーク」のゲストとして登場します。

歌舞伎の舞台では何度も見てきた顔でも、朝の情報番組でじっくり素顔を語る姿はなかなか見られないので、これは見逃せない回だと感じています。

内容の中心は、連続テレビ小説『風、薫る』で演じる、主人公たちを優しく見守る紳士役をめぐるトークです。

史実のモデルとの共通点や、お店のセットで困った撮影エピソードも語られる予定で、朝ドラ初出演ならではの現場での戸惑いが聞けそうです。

プライベート面では、今年で26回目になるという大好きなスイスへの一人旅や、体力づくりの秘訣だという独自の歩き方「ヤジュウォーク」も紹介されるそうです。

さらに、新作歌舞伎でルパン三世の役に挑むという話題も予告されており、歌舞伎とテレビの両方で第一線を走り続ける70歳の彌十郎さんの素顔が、ぎゅっと詰まった回になりそうです。

番組は午前8時15分から放送予定で、朝の忙しい時間についつい見入ってしまいそうな内容です。

あさイチ出演者・放送まとめはこちらから

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坂東彌十郎のまとめ

今回は「坂東彌十郎の家系図や家族(妻・子供)|wiki経歴・学歴【あさイチ】」と題してまとめました。

坂東彌十郎さんは、十三代目守田勘彌から続く血の家系と、坂東玉三郎さんのような養子を通じた名跡の家系が交差する家系図を持ち、妻の容子さんと息子の新悟さんに支えられながら、50年を超えるキャリアを積み重ねてきました。

長い下積みを経て大河ドラマでブレイクし、いまや朝の情報番組でも素顔が語られるほどの存在になったことを思うと、その道のりの重みが改めて感じられます。

今後の舞台やドラマ、そして「あさイチ」でのトークにも、引き続き注目していきたい役者です。

以上、「坂東彌十郎の家系図や家族(妻・子供)|wiki経歴・学歴【あさイチ】」でした。

最後までご覧いただき誠にありがとうございました。

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